民芸運動と家具・・・その3

こんにちは、丸屋家具店主の丸山です。

 

なかなか家具に辿り着きませんが、民芸家具について書きたいと思っています。

さて、

全国的な大きな流れにまでなった”民芸運動”ですが、

全ての人に認められた訳ではなかったようです。

 

全国を旅して、多くの賛同者と関係を深め、多くの民芸品を蒐集した柳宗悦。

宗悦は集めた蒐集品を帝室博物館(現東京国立博物館)に寄贈を申し出ますが、

博物館から拒否されます。

 

そこで私費で自宅横に日本民藝館を建てます。

その時に資金援助をしたのが大原孫三郎です。

 

大原孫三郎・・・とてつもなく立派な人です。

大地主且つ倉敷紡績(クラボウ)を経営する大原家の三男として生まれ、

学生時代は放蕩するものの、やがて目覚め大経営者になった人物です。

現クラレ(倉敷レーヨン)創業

現中国電力創業

倉敷の大原美術館設立

詳しくは下記をどうぞ、氏の先見性には驚きます。

 

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%8E%9F%E5%AD%AB%E4%B8%89%E9%83%8E

 

その大原孫三郎の長男が大原総一郎

 

西洋美術を蒐集していた大原孫三郎は浜田庄司と出会います。

浜田庄司・・・言わずと知れた陶芸のビックネーム・・・お宝鑑定団でよく取り上げられています。

浜田庄司は柳宗悦と民芸運動をしていました。

この関係から、大原父子は宗悦と交流を深めます。

 

この話、明日に続く。

もう一歩で、民芸家具の話になります。